
「愛猫の歯磨きをしていないけれど大丈夫?」と疑問をもつ飼い主さんは少なくありません。猫も人と同じように歯垢や歯石が溜まります。歯磨きをしていない猫の場合、3歳を過ぎるころには50~90%がすでに歯周病にかかっているという報告もあります。この記事では、猫の歯磨きの必要性や、歯磨きしていないことで起こるリスク、今から始められるケアの方法について解説します。
もくじ

自然の中で生活する猫は、獲物を捕らえて生肉を食べたり、骨をかじったりすることで歯周病になりにくい口内環境ができています。
しかし室内飼育の猫は、飼い主さんの与えるドライフード、ウェットフードが主食。歯垢や歯石が溜まりやすく、飼い主さんがケアを行わないと、歯周病はひっそりと進行してしまいます。
注:生肉はリスクも多いため与えることはおすすめできません。
歯につく汚れには、歯垢(プラーク)と歯石(タール)があります。
歯垢は食べかすに細菌が繁殖しバイオフィルムというバリアを形成し固着したもので、食後すぐに形成が始まり6~8時間でできてしまいます。歯磨き後も24時間すると形成されるという報告もあります。
歯石は歯垢が唾液中のカルシウムやリン酸などと結合して石灰化したものです。
歯垢が歯石になる時間はいくつかの報告があり、24~36時間、2~3日(48~72時間)、それと2~14日間という長い時間で変化するという報告もあります。
歯磨きをしない猫は早ければ一歳頃から口腔トラブルを抱え、年齢を重ねるほどに重症化していきます。3歳以上の猫の50~90%が歯に関連する病気を患っているというデータもあります。
参考文献:Cornell Feline Health Center「Feline Dental Disease」
口臭の悪化、歯肉の炎症、唾液の増加、歯のぐらつき、食欲不振、激しい痛み、心臓病、肝臓病、呼吸器、などのさまざまな全身疾患の原因にもなり得ます。

歯磨きをしないと以下のような流れで歯周病が進行していきます。
重度の歯周病が進行すると、腎疾患・心疾患・肝疾患のリスクが上がるという報告もあります。
見た目や行動に明確な異常が現れにくく、飼い主さんが気づきにくい病気をサイレント病と呼びます。歯周病もサイレント病のひとつで、かなり進行しないと気がつきにくいといわれています。
猫は体の不調を隠す傾向があり、重度な歯周病で口臭の悪化や歯肉のふちの発赤・炎症、場合によっては歯肉が下がって歯がグラグラしている状態でも、普通に食事をして日常を過ごしている猫もいます。
若いうちは一年に一度、歳を取ってきたら半年~数ヶ月に一度は動物病院で歯のチェックを行いましょう。日常生活では、スマホなどで記録画像を残しておくと、変化を理解しやすいです。
歯周病が進行すると歯周ポケットが深くなり、炎症によって歯肉が退縮して歯は支えを失っていきます。
歯周ポケット内の歯石に含まれる細菌が歯の根元に膿溜まりを作り、歯根膿瘍(しこんのうよう)などの病気を起こすこともあります。
また、細菌が血流に乗って全身に問題を起こすことも知られており、腎臓病・心臓病・肝臓病の原因になると考えられています。
慢性的な強い炎症で免疫異常を起こしてより強い炎症を引き起こすと、歯周病自体が感染症であるにもかかわらず、免疫抑制剤を使う必要も出てきます。

「シニアだから今さら歯磨きは無理かも」「口に触れることを嫌がるから…」と諦めてしまう飼い主さんも多いかもしれません。
しかし、猫は“慣れる動物”です。正しい方法で段階的にトレーニングすれば、成猫やシニア猫でも歯磨きは可能です。
猫の口腔ケアの基本として「歯磨きトレーニングのステップ」をご紹介します。
おやつをあげながら軽く頬を撫で、口の周りを優しくタッチします。
最初は1日数秒からでOK。信頼関係が崩れないよう無理に口を開けたり抑え込んだりせず、“触れる=嬉しいこと”と覚えさせましょう。
利き手でそっと頬をめくり、反対の手の指にウェットフードやペースト状のおやつをつけて、歯に触れてみましょう。
最初は犬歯(前方の大きな歯)だけで十分。噛まれないように注意しながら1日1回、短時間行い、反応が悪い日はすぐやめましょう。
人差し指に市販のデンタルシートや湿らせたガーゼを巻き、歯ぐきを傷つけないよう優しくこすります。
1日1本でもOK。犬歯から徐々に臼歯(奥歯)へと進み、成功体験を重ねてください。
口臭予防成分(グルコン酸クロルヘキシジンなど)配合のデンタルシートを使用するのもよいでしょう。
猫用の小さくて柔らかいヘッドの歯ブラシを使い、歯の表面をなぞる程度の軽い力でブラッシングしてみましょう。
ブラシの毛先があたることを嫌がる場合は、指ブラシを使用してみてください。奥歯や歯と歯ぐきの境目に重点を置くと効果的です。
口を触ったり歯磨きしたりすることを「楽しい」「よいこと」と思ってもらえるよう、「無理をしない」ことが大切。
最初から口を開ける歯磨きを目指さず、「外側だけ」「できるところまで」を続けていきましょう。
歯磨きの時間を察してしまわないようタイミングを変えたり、高い台の上など場所を変えたりするのもおすすめです。
抑え込むと怖がらせるため、慣れないうちは抱っこでの歯磨きを避けたほうがよいかもしれません。
どうしても嫌がって歯磨きをさせてくれないのであれば、各メーカーから、販売されている猫の歯周病対策グッズを利用するのもひとつです。
「デンタルジェルを舐めさせるだけ」「おやつだけ」「餌に混ぜるだけ」「飲水にいれるだけ」でもOK。何でもよいのでやってみて受け入れてくれるものを探し、ケアを継続していくことが大切です。
ただし、歯磨き以外はあくまで補助なので、定期的に歯のチェックも行いましょう。

家庭での歯磨きには限界があります。
などは、動物病院での検査や処置が必要です。
歯の状態をレントゲンで確認したり、全身への影響を血液検査などで確かめたり。場合によっては麻酔下での歯石除去や抜歯の必要性もあります。
歯周ポケット内の歯垢や歯石の除去や洗浄は麻酔下でないと除去できません。全身的な検査をしっかりと行い、麻酔下での処置を行います。
歯のレントゲンで歯の根元や骨の状態を確かめ、超音波スケーラーによって歯に強固にこびりついた歯石を除去。
免疫が過剰に反応している非常に強い歯肉炎の場合は、すべての歯を抜く処置が必要になることもあります。
処置を終えたら歯の表面をポリッシングし、研磨で滑らかにして次の歯垢がつきにくい状態にします。適切な抗生物質や抗菌処置を行って処置は完了です。
しっかりとモニタリングをし、麻酔覚醒させて終了となります。
何もしなければあっという間に元の状態になってしまいます。スケーリング後は綺麗にした口腔環境を維持するために、動物病院での診察や家庭での歯磨きなど、継続的なケアを続けていきましょう。
無麻酔歯石除去は動物に強い恐怖と痛みを与え、今後の歯のケアを困難にさせることがあります。
事前の診断もなく処置を行うため、恐ろしい事故に繋がる可能性もあることから、おすすめできません。
なお、資格(獣医師・もしくは獣医師の監視下での愛玩動物看護師資格)を持たない者が動物に医療行為を行うことは、犯罪にあたります。
など、歯周病を疑うサインを認めたら動物病院で調べてもらいましょう。

「歯磨きができない」と諦めるのではなく、愛猫が受け入れてくれる範囲で無理せず行うことが大切です。
猫も飼い主さんも肩の力を抜き、できる範囲で取り組みましょう。
口腔内の環境ケアは体全体の健康への効果が非常に高く、飼い主さん自身が行える素晴らしいものです。
愛猫との信頼関係をしっかりと作り、それぞれの猫に合わせた歯磨きをしてあげましょう。
猫は本来、痛みや不調を隠す生き物です。
歯磨きをしないことで気づかれないまま歯垢・歯石の蓄積が進行し、やがて歯周病から重度の炎症、痛み、さらには全身疾患へとつながる可能性もあります。
しかし、歯磨きを習慣にできれば、猫の寿命も生活の質(QOL)もぐっと向上します。
歯ブラシが難しければガーゼやジェル、おやつタイプのケアでもOK。完璧を目指さず、愛猫と飼い主さんにとって“心地よいケア”を見つけることが大切です。
「やらないより、できる範囲でやること」が猫の未来を大きく変えます。ときにはプロの力(動物病院)も借りながら、愛猫の健やかな毎日を一緒に支えていきましょう。